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企画展

―閃光― 池田巖展

2022年10月2日(日)-12月11日(日)

主催:益子町文化のまちづくり実行委員会、益子陶芸美術館
後援:下野新聞社、とちぎテレビ、栃木放送、エフエム栃木、NHK宇都宮放送局、真岡新聞社

開催期間 2022年10月2日(日)-12月11日(日)
休館日 月曜日(祝休日の場合は翌日)、
10月10日(月・祝日)9:30〜13:00(13:00〜17:00は開館)、
11月8日(火)(11月7日(月)は開館)
開館時間 10月 午前9時30分~午後5時 11月以降 午前9時30分~午後4時 (入館は閉館30分前まで)
入館料 大人600円(550円)、小中学生300円(250円) 
*( )内は20名以上の団体 / 65歳以上は300円(要証明)

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池田巖ほど優れた作品を創り出しているのに一般に広く知られていない工芸家はいません。竹・漆という日本の伝統的な工芸技法を駆使して作られる池田の作品は竹芸や漆芸などのジャンルを超えて私たち日本人の心を打ちます。

初代の池田家は近代の大茶人益田鈍翁から小堀遠州が所持した瓢籠の写しを依頼され、その要望に見事に応えた竹籠を作り上げたことから、鈍翁から「瓢阿」の号を賜わりました。池田巌は1940年二代池田瓢阿の長男として東京に生まれ、父瓢阿に師事して竹芸を学びました。1959年東京藝術大学工芸科に入学し、松田権六、赤地友哉に髹漆を学びました。蒔絵は鈍翁の漆芸工房だった堺庄の中村兼一郎、長谷川祐次について習得しました。

1986年、陶磁研究家の林屋晴三に声を掛けられ「茶の湯五百年の造形展」に出品した竹の茶器が注目され、1988年東京の現代陶芸寬土里で個展を開催しました。この時の竹による茶器や茶道具は審美眼を持った茶の湯の玄人達に高く評価されました。その後も閃光を放つがごとく竹に漆の作品を発表してゆきます。2005年の個展では漆を塗った竹を鉈で叩き割り、あるいは折った表現の作品を発表しましたが、これらの作品は竹芸や漆芸の作品というジャンルを超えた現代美術における一つの驚愕でした。2018年には「意識の乖離」というテーマで竹と漆による新たな造形作品を発表します。

本展「-閃光-池田巖」では約50点の池田作品によって現在進行形の池田の近代性を日本で初めて正面から紹介いたします。

作品(無題) 2006年 花入 1998年
作品(無題) 2011年 水指 1998年
作品「鳳」 2005年 栁澤コレクション 作品(無題) 2005年
菓子器 銘:昇ル月 2012年 茶器 1988年 栁澤コレクション

小企画「竹 モダーン」

2022年10月2日(日)-12月11日(日)

場所:益子陶芸美術館2階展示室

飯塚琅玕斎(1890-1958)は唐物や技巧に偏った旧来の竹工にとどまらず、芸術としての竹工芸をめざしました。1933年に来日したドイツ人建築家のブルーノ・タウト(1880-1938)は日本文化について考察する中で竹工芸にも着目し、西の田辺竹雲斎に対し東の琅玕斎とした上で、「竹雲斎は『用』の目的に應じて形を作り、琅玕斎は逆の行きかたをする」と述べ、琅玕斎の行きかたを「モダン」と呼びました。現在ではモダンな竹工芸家の代表格と目される琅玕斎ですが、彼の後にもモダンな作風の竹工芸家が多数登場しています。本展ではそのモダンな作品について、横田峰斎(1899-1975)の作品を中心に紹介します。峰斎は第二次世界大戦前の1940年代前半、フランスの建築家でデザイナー、シャルロット・ペリアンの招きで渡独し、作品制作に協力しました。峰斎による手付きの水注形花生や蓋付きの茶籠は、ピッチャーやバスケットなどを想起させ、西欧の器物の風合いをまとっています。竹の幹をそのまま水注の首に用いたり、しなやかな曲線のみで構成したりと、竹ならではの特性を生かした多様な造形をお楽しみください。

横田峰斎《片手付透花籃》 1960年代 横田峰斎《煤竹組花籃》 1960年代